全国的な流れの中、長崎市でも歴史的建造物の消滅へ歯止めがかからない。所有者以上に市民にとっても地域資産として永く残るものだと誰もが空気のように信じていた。でも現実は違った。まちなかで老舗経営者は山積する課題に苦渋の決断を迫られていたらしい。
厳しい社会情勢が強いられている今、経営者は、歴史の重みや誇りにも勝って、効率や経済が優先せざるを得ない状況である。一方、まちの大切なシンボルの解体を突然知らされた市民は、解体の前に出来ることがあっただろうと行政へその責任を追求する。歴史あるまちなみの最大の享受者は観光客ではなく、わがまちに愛着を持つ市民だから当然だ。情報共有が遅すぎる。
現実的に、個人所有の歴史的建造物の維持・管理には想像以上にコストがかかり負担も莫大である。だからこそ、これまでの所有者任せの保存・維持から、これまで考えてこなかった維持のための新しい枠組みや民間企業の知恵、専門家の叡智、市民から愛され活用出来るしくみを準備しておく必要があった。タテ・ヨコ・ナナメでも使えるようにプロジェクト型の組織改編を行い、他の公的資金や支援策をコネクションをフル稼働して活用する体制がやはり必要だった。
行政のせいだと言われてしまうのは、行政がまちへの愛情がなく無策だったからではない。将来を見通した歴史風致維持向上計画などのプランを何年もに渡って作成してきたが、日々のオペレーションに追われ、全体をつなぎあわせるコーディネーションを引き継いで来なかった、時代の変化に対応できる人材育成と先を見通してみずから発想して動く組織になっていなかったからだ。そしてすっぽりと、まちのマネジメントは、市民も行政もそして議会までもが誰かがやっているだろうと思い込んでいたからだ。
我がまちになくて他のまちにあるものがあるとしたら、それは一体なんだろう。選ばれるまちでは、他のまちでは、どうしているのだろうか。これから自分達はどうすればいいのだろうかと自問自答して、すぐに動けるだろうか。建設的に発言し行動できる市民社会を、行政抜きでも積み重ねられるのだろうか。
今ならまだ取り壊しに間に合うなどと無責任に煽りたくない。計画もなく、経済的にも無担保なまま、保存運動を惨めな市民運動に終わらせたくない。コロナ禍中でも、粛々と知恵を出し合い、研究しマネジメントして実行できる協働のグループをつくり、基金や支援体制構築の準備へと気づいた市民と共に向かうことからスタート出来ないだろうか。
出来ない理由をどうしても先に考えてしまう既存の組織から前向きな賛同と協力を得るために、提案し、説得する力が必要だ。その力を支える市民社会のネットワークこそが、一見地道に見える取り組みこそが、未来の世代にきちんとまちの資産を引き継ぐために機能させると思う。それを、先行して何年もかけて実現させてきた他都市の人達の実践の歴史から今の成果に見ることができる。私たちの覚悟が試されている。 梅元建治
参考
新潟県上越市「歴史的建造物等の保全・活用に係る市民のまちづくり活動を支援のための上越市歴史的建造物等整備支援事業」と「上越市歴史的建造物等整備支援基金」について(2020.04.01更新)
https://www.city.joetsu.niigata.jp/soshiki/bunkagyousei/matizukuri-sien.html
NPO法人熊本まちなみトラスト